過去2回、教員有志で取り組んだ教育目標図
金城学院は1889年の創立以来、中部地区最古の女子教育機関として、キリスト教精神に基づく理念で、この地域の女子教育を牽引してきました。しかし、昨今の少子化問題の影響は深刻で、常に魅力的な学校であるために、時代に応じて教育を変えていかなければなりません。今回のプロジェクトに至った背景には、国の教育政策などが絡んでおり、発端は2000年代半ばに遡ります。当時、PCDAサイクルを回すことやグランドデザイン、教育目標をつくることが現場に要請されるようになり、本校でも2008年の夏休みに有志がワークショップを開いて教育目標図をつくりました。その後、14年の中央教育審議会答申で、高校、大学、大学入試の一体改革の方針が示されると、翌年夏に学内のカリキュラム研究部、入試研究部、広報の教員が中心となって新たな教育目標図を作成しましたが、従来型の教育からの脱却は難しく、それが組織を良い方向へ動かす推進力になっていないという危機感がありました。
論理的思考だけでは乗り越えられない壁の存在
関東・関西圏の私学の学校改革、入試改革が進むなか、レゴを使った新しい入試に取り組んでいる学校を知り、レゴ®︎シリアスプレイ®︎(LSP)メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテータの講習を受けました。社会で求められる思考力が、論理的思考+α、つまり左脳+右脳、科学的思考+創造的思考へと変化し始めたころです。そのとき、ブロックを使って算数、数学を学ぶ方法を解説した書籍の参考文献のなかにBIOTOPE代表の佐宗邦威さんの著書を見つけ、LSPと佐宗さんの説くデザイン思考とのつながりに出合いました。また、「Dignity」という本校独自の学習プログラムは、それまでわたしが2003年から1年間、英ヨーク大学での研修で体験したアカデミックリサーチの手法をベースにしていましたが、生徒たちの授業に対する反応が年々鈍化。左脳中心の論理的思考だけで考える探究に翳りが見えてきていたこともあり、デザイン思考への興味が一気に深まっていきました。
ビジョンのアトリエワークショップとの出合い
コロナ禍の休校期間中に、佐宗さんが講師となってオンライン開催された【夢をカタチにする「ビジョンのアトリエ」ワークショップ】を参観。手を動かしながら夢をアート作品にしていく様子を見て、こういう取り組みを本校でもしてみたいと思い、BIOTOPEのウェブサイトを通じて教師研修会での講演を依頼しました。緊急事態宣言の発令で2度の延期がありましたが、2021年度末にようやく実施。社会のあり方が急速に変わるなかで、そうした変化を的確にとらえ、創造的に生きることの重要性にフォーカスした佐宗さんの提言は、企業だけではなく学校という組織にも当てはまると思いました。佐宗さんの講演後、BIOTOPEが過去に手がけた軽井沢風腰学園の「学びの地図」や、白馬村の「HAKUBA CIRCULAR VISION」など、ビジョンを一枚絵にしたビジョンイラストのようなものの金城学院版ができることを期待して、すぐにワークショップ実施に協力してほしいと相談しました。
金城学院の30年後のビジョンを描き出す
2022年6月に打ち合わせをして、ワークショップの設計をしてもらいました。本当は中高で90人ほどいる教員全員を巻き込みたかったのですが、浸透力の強さを考慮すると最大30人程度というBIOTOPEからのアドバイスを受けて人数を限定。「金城学院の30年後のビジョンを描き出す」ことをテーマに決め、参加者は本校のこれからを担う45歳未満の教員と管理職の約40人に絞り、参加できない教員のためには事前アンケートを用意しました。実施は8月。当日のプログラムは事前宿題を見ながらペアになってお互いの考えを引き出すビジョンインタビューに始まり、手を動かしながら考えるビジョンスケッチ、完成した作品に名前をつけて展示後、いったん休憩。その後、各々が描いたビジョンスケッチを言葉にして発表することで思いを共有し、最後は参加者全員で本日のセッションを振り返りました。ワークショップは1日だけでしたが、とても濃密な時間を過ごすことができました。
一人ひとりの真剣な語りから見えた未来への希望
印象的だったのは、事前アンケートの回答や、ワークショップに参加した次世代の教員たちが描いた未来の学校像の多くが、外に開かれた姿だったこと。社会とつながりたいという気持ちが表れていて、決して従来型の教育のままでいいとは思っていない人がほとんどだったことを確認できたのは有意義でした。また、普段は通常業務で余裕がなく、教員同士がビジョンを話し合う機会がほぼありませんが、きちんとした場と時間を設ければ、それぞれ語り出すこともわかりました。特に、最後に一人ひとりが語り、それを参加者全員で傾聴した場面は、キャンプファイヤーで火を囲んで語るような真剣な空気が立ち込めていて、未来への希望を感じ取ることができました。今回のワークショップではまずはつくってみる、やってみる、言語だけの思考ではないところにみんなが刺激を受けたと思います。学習する組織として独り立ちできることを目指すとしても、出だしはBIOTOPEのような伴走者がいると心強いと思います。
金城学院というアトリエで未来の“わたし”をつくる
その後、ワークショップの際に参加者が描いたスケッチを統合しながら、現場で描いたビジョンのグラフィックレコーディングを校舎の壁に掲示。教員みんなでそれを見ながら議論したかったのですが、全員が集まる時間が確保できず、付箋に意見を書いて投票してもらうことにしました。そして、それを受けて校長直属の将来構想戦略会議のメンバー8人が、BIOTOPEと一緒にステートメントとなる文章を吟味。“わたしをつくるアトリエ”という言葉を軸に決める過程で、本校が理想とするその姿を議論したり、キリスト教における”わたしをつくるアトリエ”の教育的解釈を再考するなど、時間をかけながら一枚絵のイラストに落とし込んでいきました。当初、イラストは2案ありましたが、BIOTOPEの過去事例が気に入っていたこともあり、聖書をモチーフにした本の上にビジョンを配置したマップ型のほうを選定。最終的にできあがったイラストは、四角い教室の中で先生の話を聞いている学校ではなく、笑顔で対話し、やってみる、つくってみるアトリエのような学びの場が広がっていて、ワクワクした気持ちになりました。
未来を照らす希望を導き出すビジョンのアトリエ
あらためて金城学院のスクールビジョンが必要だと考えたのは、従来の教育の枠組みを超えていきたい、そのために動き出したいという思いからでした。いまの学校は工業化社会にフィットするSociety3.0のままで、国が目指すSociety 5.0の社会には到底ついていけていません。これからの世の中では、遊びながら考えて、つくりながら学ぶような創造的思考が、ますます重要になってくると感じています。過去2回の教育目標作成のワークショップはKJ法を用いて行ったため、いまの分析に終始してしまいました。しかし、今回はそれとは違い、過去と現在の経験をベースに、一人ひとりの教員がもっている考えをイラストで表すという手法だったことから、未来像を指し示すビジョンは現状分析だけでは引き出せないことを学びました。それぞれがスケッチしたイラストには思いや願いなど、感情に紐づいたものが描かれていて、そういう心の奥底にあるものを導き出すとそこに希望が生まれるのかもしれないと感じました。