なぜ人事院にMVVが必要なのか
国家公務員法で人事院の所掌事務が 規定されていますが、その中では、人事院が社会の中で目指す将来像や実現したい社会、公務のあり方などについて示されているわけではありません。そのため、自分たちの仕事と国民・社会とのつながりが意識しづらく、仕事のやりがいを見いだしにくいという問題意識がありました。さらに近年、働き方の多様化に伴って、人事院も解決が困難な多様な課題に直面しています。職員が一丸となってそれらの課題に取り組むためには、組織全体の共通意識として、日々の行動の拠り所となるものがあったほうがよいのではないかという考えから、MVVの策定に向けて動き始めることとなりました。その当時、わたしは採用担当で、人事院とはどのようなところか、職員はどんな思いで仕事に取り組んでいるのかを学生に対してアピールする立場にありましたが、わかりやすく言語化するのはなかなか難しいと感じていました。また、話せるのはあくまでわたし個人の意見なので、組織としての見解とギャップが生じる可能性もありました。そういう意味でも、組織のMVVが明確化されることの意義は非常に大きいと感じています(久保田)。
わかりやすい言葉が、組織をひとつにする
まずは検討チームが発足しましたが、MVV策定に関して知見のある職員がおらず、進め方はまったくわからない状態。そこで先行研究として、民間企業や他府省など、すでにMVVを有している組織にヒアリングを行いました。その際に 伴走していただく支援業者さんの必要性を感じ、諸手続を経てBIOTOPEにお願いすることになりました。実は、依頼前には「支援業者さんの提案に流されてしまったらどうしよう」という不安があったのですが、BIOTOPEは、あくまでわたしたちの思いや進め方を尊重するというスタンスで安心しました(久保田)。
プロジェクト開始当初は、ミッションやビジョンの必要性に関してあまりピンと来ていませんでしたが、議論を重ねていくなかで、その必要性をしっかりと認識できるようになりました。人事院の所掌事務は法で規定されているとはいえ、非常に難しい言葉で書かれていますし、よくわからない人も多いと思います。これがもっとわかりやすい言葉に言い換えられることで、組織として同じ方向に向かって邁進でき、政策の質も向上するに違いないと考えています(若林)。
「浸透」を見据えたプログラムデザイン
わたしは常々、人事院とは「土台」である、と考えています。土台がしっかりしていれば職員は安心して働けますが、逆にぐらついているようだと不安にさせてしまいます。だからこそ、人事院はこれまで、何かを大きく変えることに慎重でした。MVV策定に関しても「本当に必要なのか」という声があったのもたしかで、そこは最初のハードルだったのかなと思います。また、MVVをつくって終わりではなく、浸透させていくことも大事だろうと当初から考えていました。ですから、プロジェクトの全体プログラムの中にワークショップの機会を数多く設けることにし、策定の段階から職員の皆さんに関わってもらい、意識づけにつなげていきました(久保田)。
普段は自分たちの仕事の意義とは何かをあらためて考える機会はそう多くないので、参加者にはこの機会を楽しんでもらおうということに意識して取り組みましたね。その狙い通り、皆さん楽しそうに議論してくれていたのが印象的でした(若林)。
ワークショップで見えた「言語化の難しさ」
わたしは2023年の春、ちょうどワークショップの実施が始まるタイミングでプロジェクトチームに加わりました。「人事院とは何か」「誰のために働いているのか」などについて意見を出し合っていくのですが、正直に申し上げると、2~3時間もあれば皆さんの意見をとりまとめて言語化できるのではないかと思っていました。でも実際にやってみると、思いのほか言葉が出てこず、参加者によって表現に細かなニュアンスの違いもあり、ひとつの言葉に集約していくのが非常に難しいんです。自分の見立ての甘さを痛感しました(海老名)。
テーマそのものというより、その周辺から考え始め、それが結果的にミッションの策定につながっていくような設計のワークショップもありました。こういうやり方があるんだなと驚きましたね。わたしがプロジェクトチームの一員になったのは東京に異動してきたばかりのころで、庁舎内ではまったくと言っていいほど知っている人がいない状況だったのですが、役職や課をまたいでさまざまな人と対話することができました。これもワークショップを開催した意義のひとつだったと感じています(福田)。
職員全体を巻き込んだオープンな議論へ
プロジェクトチームのメンバーと有志の職員によるワークショップに始まり、管理職以上の職員を対象としたワークショップ 若手・中堅職員と地方事務局の職員を対象としたワークショップへと、順に行いました。それらを通して、役職や年齢にかかわらず、実はみんな同じようなことを考えていたということが見えてきました。実施前は、若手が新しい発想で自由なことを言って、それに対して幹部は地に足のついた意見を言うのかなと予想していましたが、そんなこともなく、みんな自由な発想をしていたんです。たとえば「温泉地でワーケーションするようなことがもっと一般的になればいいなぁ」とか、「公務組織ももっとグローバルに」とか、「時間や場所にとらわれない働き方がもっと広がるといい」などといった話にも共感が集まっていました。いい意味で予想が裏切られましたね。ワークショップに入る前はプロジェクトチームだけが話し合っているだけで、ほかの職員にとっては他人事のような感じがありましたが、ワークショップがスタートしてから、全職員がオープンに議論できるような雰囲気が醸成されていきました(若林)。
再確認できた「方向性の一致」
コロナ禍以降は飲み会など勤務時間終了後に職員が集まる場が少なくなり、仕事のやりがいや人事院という組織のあり方について語り合う機会がほぼ皆無になっていました。そういう意味で、今回のワークショップは本当に貴重な場になったと思います。そこで見えてきたのは、この数年間は言葉にする機会がなかっただけで、職員の皆さんは同じ方向を向いていたということ。わたしとしても、自分の思いが組織の方向性とズレていなかったことを確認でき、非常に意義深いワークショップとなりました(久保田)。
言葉を選ばずに言うと、役職が上の方たちも「自分と同じ人間なんだ」と感じましたね。ワークショップで、ちょっとくだけた話で盛り上がったり、ときには笑い声があがったりと、普段とは違う表情を垣間見ることができました。最初は、わたしのような経験の浅い職員がMVVを策定してもいいのだろうかという迷いがありましたが、年齢や役職に関係なく、皆さんと思いは同じなのだと知ることができ、より自信を持ってプロジェクトに取り組めるようになりました(海老名)。
端的な言葉と明解なイラストに着地
ワークショップを終えたあとは、それまでの議論を整理し、言語化してMVVに落とし込む作業に移りました。部屋にこもってプロジェクトチームのメンバーと徹底的に意見を戦わせていたあの時間が、いま振り返るといちばん楽しかった気がします。BIOTOPEから「人事院の仕事を小学生に説明するとしたら、どういうふうに言うか」という問いをいただき、深く考えることもなく「公務員を元気にする仕事だ」と答えました。すると、メンバーからの賛同が集まり、その一言がミッションの土台になりました。そういったやりとりも含め、非常に知的な刺激に富んだフェーズだったと感じています(若林)。
具体的なフレーズが決定したあと、その世界観を表現するイラストをBIOTOPEとともに作成しました。こちらも多様な意見があり、それらをとりまとめるのは簡単ではなかったのですが、完成したイラストにはとても満足しています。人事院と公務員、さらに国民も一枚絵の中に配置されていて、わたしたちの仕事が最終的には国民ともつながっていることが視覚的に表現されています。このイラストはポスターにして院内各所に掲示されています(福田)。