見えない価値を可視化する方法論を模索
BIOTOPEへの依頼はこれが2回目となります。過去に東急ホテルズ全体のブランディング戦略を支援していただいたことがありました。プロジェクトの進め方はもちろん、目に見えない想いや価値をどのように言語化し、それらをブランド化していく手腕に感服しました。当初はホテルブランド名称検討やロゴ制作をお願いする方向で話が進んでいたのですが、まずは「このホテルでは具体的な体験や提供価値を突き詰めた上で、それらを名称やロゴに反映させたい。」という考えを伝えました。想いはBIOTOPEも一緒だったようで、それならばと提供価値の確立から支援してもらう方向へとシフトチェンジしました(加藤)。
「HOTEL GROOVE SHINJUKU」は名称に「東急」を冠さない、まったく新しいブランドです。具体と抽象、戦略と施策を行き来しながら目には見せない価値を可視化し、一からブランドを構築するには、BIOTOPEのような伴走者が必要でした(入沢)。
準備段階として社内の意思統一を図る
今回のBIOTOPEにご一緒していただいたプロジェクトは、スタッフやこの街の人々まで念頭に置いたビジョンを定義したうえで、それを実現するにあたっての世界観やコンセプトの作成、そしてコンセプトを体現した名称案の開発の3つが目的でした。これを成し遂げるべく、まずは経営層、ならびに現場の責任者・スタッフに対してビジョンインタビューを実施しました。これによって、これまでの価値観や常識にとらわれずに挑戦していこうという機運が高まりました(入沢)。
新しい場所で、新しい名称、新しいコンセプトのホテルをつくろうとしていました。この準備作業は決して疎かにはできないものでした(加藤)。
街にかかわる人々を徹底してヒアリング
次にやったのは「デザインリサーチ」です。海外の先進的なホテルのリサーチと同時進行で、この街に暮らす人や働く人から、この街とつながりのある若者や外国人まで、街にかかわる多くの人たちへ、インサイトを導出するヒアリングを実施しました。歌舞伎町は多種多様な人々が集まる街です。彼らに受け入れられる場をつくるためには大切なプロセスでした。いってみれば外形的なデザインにとどまるのではなく、ライフスタイルやカルチャーにまで踏み込んで提供価値の照準を絞っていったというわけです(入沢)。
例えば、ゴールデン街にはひとりお会計を済ませれば、残ったお客さんがみずから席を詰める暗黙の決まりがあります。カウンターしかない狭いバーでも次のお客さんがすぐに席につけるように、という思いやりの精神です。あるいはジェンダーレスな時代にはどのような雰囲気が心地よく感じられるのか––––そのようなところまでリサーチの輪を広げました。お客さまになり得るターゲットのインタビューに同席させていただきそのインサイトの探索を行いましたが、それを何度も繰り返すうちに提供価値に対する解像度が明らかに上がっていくのがわかりました(加藤)。
縦串としての歴史分析
街にかかわる人たちへのヒアリングが横串とすれば、街の歴史を深掘りしたのが縦串です。その名のとおり、カブく人々が集まった歌舞伎町はアングラと親和性の高い文化資産を育んできました。いまやアニメの舞台になることも珍しくありません。ホテル建設の時期は、歌舞伎町というブランドがアジアを中心に広く知られるようになるタイミングでもありました。彼らを満足させるには街が紡いだ歴史もきちんと理解すべきだろうと考えました(加藤)。
未来につなぐビジョンを定義しようと思えば、過去50年、100年という時間軸も通してこの街を俯瞰することが肝要でした(入沢)。
ワンチームになるためのワークショップ
全方位的なリサーチを終え、これを統合すべく行ったのがワークショップです。ヒアリングの内容や歴史的背景をたたき台として、事業者視点のコンセプトを顧客視点の提供価値へと洗練させていくそのプロセスはとても腹落ちするものでした。このプロセスにおいてとりわけ印象深かったのは開業準備に携わる現場のメンバーもワークショップに加わったことです。従来は本社の企画部門がつくったものを現場が実行するという構図であったかと思います(加藤)。
ワークショップには経営層クラスから若手社員まで総勢20人は集まりましたね。こだわったのは、それぞれの想いを言語化すること。3〜4回は膝を突き合わせていたんじゃないかな。ひとたび席につけば何時間もかけて侃侃諤諤やりました。そうすると、トップダウンでもなく、ボトムアップでもない、みんなで新しいモノをつくろうという意識が芽生えるんです。ワンチーム化するといえばいいのか。我々がファシリテーションしていたら間違いなく続かなかったし、意識の醸成もできなかったですね(入沢)。
ホテルの特色を示す3つのキーワード
ワークショップを経て完成したのが「提供価値エリア対応マップ」であり、あえてやらないことを明確にすることで実現したい価値を突き詰めました。そうして生まれたキーワードが––––①はお客さまが自分らしく自由にホテルの使い方を選択できる、様々なシーンが行き交う舞台を整えるということ。パブリックエリアなど、あらゆるところで多様な価値観を包摂する態勢を整えました。②は様々な人のストーリーが交わることで、これまで経験したことのない発見や気づきが味わえるということ。そのためのアプローチが、ホテル公認地域ガイドによる引率や街の語り部によるイベントです。③はホテルを介した地域への貢献や、旅の後もその地との「つながり」を感じられるよう体験を提供することで、時間や場所を越えた価値循環を目指しました(加藤)。
体験価値をコンセプトとして言語化
導出したコンセプトワードは「また、新しい自分と出会う」。「HOTEL GROOVE SHINJUKU」は客室だけで終わるのではなく、街を回遊することのできるホテル、街への愛着を育んでまた帰ってきたいと思わせるホテルを志向しようと決めました。フィジカルな居心地の良さだけにとらわれることなく、滞在前から滞在後までの提供価値を包含していこう。そうすることで、ホテルへの愛着はもちろん、歌舞伎町や歌舞伎町に集まる人々への愛着も高まり、そしてひいては新しい自分を発見する––––という道筋でした。ホテル名は数カ月にわたって積み上げてきたものを持ち帰り、最終的には自社内で決めましたが、そこに冠した“GROOVE”には街や施設と呼応した高揚感に包まれるように、との願いが込められています(入沢)。
本当に届けたい提供価値を煎じ詰め、お客さまに五感で体感してもらう。これが我々のゴールでした。このゴールをかたちにしようと思えば、伴走者はBIOTOPEをおいてほかにはありませんでした(加藤)。
まずは検証結果を伝えるプレゼン
経営層に向けたプレゼンテーションにも舌を巻きました。ターゲットはインバウンドやミレニアル世代であり、彼らとは日常的な接点が少ない人々です。提供価値やコンセプトをいきなりぶつけても共感は得られにくい。BIOTOPEはいの一番に検証結果を伝えることを主張された。ターゲットがどのように考えているのか、そこを理解してもらったうえで提供価値をつまびらかにしましょうというストーリーでした。タクトを振っていただいたBIOTOPEの進め方はじつにロジカルだったと思います(加藤)。
コンサルとしての常識や手法をただ押し付けるのではなく、現場スタッフの大切にしたい想いを引き出しながら方向づけていく柔軟な進め方は素晴らしいのひと言。クライアントありきで対応を考え、アジャストしていく手腕はお見事でした(入沢)。