創業10年を目前にして感じた限界
クロスフィールズは、国内外の社会課題の現場とビジネスパーソンをつなぎ、社会課題の解決とともにリーダー育成の実現を目指すNPO法人です。社会課題の現場に企業の社員が飛び込み、現地のNPOや社会的企業とともに課題解決に挑む新興国「留職」プログラムのほか、国内外の社会課題の現地を体感する経営幹部・役職者向けのプログラム「社会課題体感フィールドスタディ」などを基幹事業として展開しています。2011年の創業以来、わたしたちの活動には日本企業50社以上が参画し、2,000人を超えるビジネスパーソンが「社会課題の現場での圧倒的な原体験」を経験しました。そして、日本を含む10カ国以上で活動する約200のNGO/社会的企業と協働を行ってきました。民間企業と社会課題との距離は、確実に縮まっています。しかし、社会課題に対して当事者意識をもち、実際に行動を起こす人はそれほど多くありません。そんな現状を打破し、今後さらに社会課題の解決を加速させていくには、これまでのわたしたちのアプローチや組織のあり方を見直す必要があると感じていました(小沼)。
「未来を切り拓く先駆者」であるために
この10年、社会には大きな変化がありました。SDGsへの認知が進み、人々の社会課題への関心は一気に高まりました。ただ、その一方で、いまだに多くの社会問題は放置されたまま、社会の分断はかつてないほど大きくなっています。また、2020年のコロナショックの影響により、クロスフィールズでは既存事業を見直し、対面を回避したオンラインでの新規事業を複数立ち上げました。そのおかげで危機的状況は乗り越えたものの、メンバーから「そもそも、なんのために自分たちは事業をしているのか」といった疑問の声が挙がるなど、チームが疲弊してしまっているという危機感がありました。NPOにとってなによりも大切なビジョン・ミッションの刷新に踏み切ったのは、創業10年という節目のタイミングというのもありますが、昨今の社会や組織の変化が激しく、これまで取り組んできた領域を超えた活動にもチャレンジしなければ組織の行動指針に掲げている「未来を切り拓く先駆者」としてのスタンスを保つことができないと感じていたのも原因のひとつでした(小沼)。
より高みを目指すのに必要だった外部パートナー
当時は新規事業が次々と生まれて多角化していくにつれて、自分たちの活動とそれまでのビジョン・ミッションが乖離し始め、メンバー間の意識がどこか揃っていない感覚がありました。次の10年を歩んでいくためにも、精神的な支えとなる新しい羅針盤が必要でした(西川)。
このプロジェクトは、自分が22歳のときに参加した青年海外協力隊での原体験をベースにクロスフィールズを立ち上げ、これまで拠りどころにしてきた自分自身の価値観や進みたい方向を見つめ直すという意味でも重要でした。そこで、2020年の暮れに経営陣にビジョン・ミッションの刷新を提案し、NPOの常識に縛られない新しい視点を提供してくれる外部パートナーの検討を始めました。そして、何度か活動でご一緒しているBIOTOPEなら、最先端のメソッドでメンバーにも誇りに思ってもらえるものができると確信し、依頼を決意。実は、過去にもビジョンの刷新に取り組もうとしたことがあり、かなりの労力がかかるため尻込みしていたのですが、BIOTOPEとの打ち合わせを通じて、それが一大仕事になるのを再認識すると同時に、想定される時間や予算を眺めながら経営陣を中心にやり遂げる覚悟を決めました(小沼)。
パンドラの蓋を開けていくような不安
BIOTOPEとのワークショップは2021年3月から5月まで、全メンバーが参加して4回行いました。その間、並行して経営陣だけでワークショップで出てきたキーワードや重要なポイントをまとめ、また次のワークショップを設計することを繰り返しましたが、組織のこれまでをさまざまな視点で振り返り、これからのありたい姿や行いたいことをみんなで考えるのは、知的好奇心がくすぐられる楽しい時間である一方、唯一自分たちの支えになっていたビジョン・ミッションを一度壊してしまうと、なにがこの組織に残るのか、土台を失ったときにどうやって求心力が高められるのか、という怖さがありました。また、いまの目線で考えると、これまで懸命にやってきたことを否定しなければならない場面が出てくるのも苦しくて。例えば、組織として変えたいものをメンバー間で話し合っているときに、自分が大事にしていたものが、変えたほうがいいところに分類されたりします。当初は、そこで湧き上がる感情を上手く整理できず、戸惑うことも少なくありませんでした(小沼)。
できないのではなく、できると考えてみる
ワークショップの序盤はフラットな状態で議論が進みましたが、終盤に差し掛かったあたりで、いまやっている事業と将来やりたい事業を4象限にプロットして話し合うようになってから、内容がポジティブな方向に動き出しました。社会課題の解決に正面から向き合いたいけれど本当にできるのか、といった議論もそう。長年、ジレンマとしてとらえていた「正しいけれどそれはできない。なぜなら、これまでもやり切れなかったから」というロジックから、一旦そのバイアスを外して「実現できるとしたらどのようなかたちなのだろう」というほうに話し合いの論点が変わっていったのは大きな転換点だったと思います。この時期は、チーム内で急速に変化が起きていて「望んでいた変革がこれか」という手応えがありましたが、その過程で人間関係も含めて微妙なズレが炙り出される苦しさもあり、会話の端々にそれが出てしまっていたのも事実です。しかし、そうしたプロセスを経たからこそ、最初はバラバラだと思っていたチームの気持ちが揃い、統合に近づいていけたのだと思います(小沼)。
発散的な議論で起こった健全な衝突
一連のプロセスのなかで表出したのは、みんな本音では思っていても、口に出してしまうと収拾がつかなくなるため、これまで誰も踏み込めずにいた部分でした。「留職だけで社会課題が解決できるのか」「本気で課題解決に取り組むためにはなにをすべきか」という議論は、現在進行している多くのプロジェクトを含め、創業時から積み上げてきた自分たちの活動自体を否定することにもなりかねず、それを問い直すには、精神的な痛みとかなりの労力をともないます。しかし、BIOTOPEとのセッションで「本当は自分たちがなにをしたいのか」と正面から問われると、課題の現場と人をつなぐだけでなく、現場が必要とするリソースを見極めて適切な資源を届け、ともに解決策をつくりたいと考えるメンバーがほとんどでした。ロジカルな思考で、本気でやるならどうアプローチしていくべきかという、これまで蓋をしていたものに否応なしに目を向けることになったのがこのフェーズ。だから、序盤は和やかなムードでした進んだものの、終盤にかけてさまざまな意見が出て、健全な衝突が生まれたのだと思います(西川)。
ワークショップで出たアイデアを言語化
その後、経営陣とBIOTOPEとでワークショップで出たアイデアをもとに言語化することに取り組みました。ただ、このプロセスは極めて難航し、数え切れないほどの議論が重ねましたが、最終的には新ビジョンの原型となった「社会課題が解決され続ける」という文言が降りてくる瞬間があり、一気に視界が開けたような感覚でした。残念ながら社会課題が世界からなくなることはなく、むしろ複雑で困難な課題が増え続けていくと考えられます。そこで重要になるのは、そうした課題が放置されず、解決され続ける社会システムをつくることだと議論を通じて行き着いたのです。新ミッションの「社会課題を自分事化する人を増やす」「課題の現場に資源をおくり、ともに解決策をつくる」という文言も、BIOTOPEとのセッションのなかでひらめいた“解決され続ける”というタグラインから生まれました。ここで明文化した文言はチーム全体に仮案として共有し、反応を聞く場を設定。もともとワークショップで大枠を合意できていたので、メンバーからの反応もすごくよく、さらに表現を精緻にしていく作業に入りました(小沼)。
表現方法を吟味しながら特設サイトの制作へ
文言の最終化はBIOTOPEの佐宗さんとわたしで、これまでの議論を約1万字に文章にしました。この過程で自分の頭のなかも次第にクリアになり、ビジョン・ミッションだけでなく、中長期的な戦略も輪郭を帯びるようになっていました。その後、今回のプロジェクトの最終的なアプトプットとなる特設サイトの制作に入りましたが、ここにはBIOTOPEとウェブ制作会社、クロスフィールズからはわたしと西川の2名が参加。クリエイティブのフェーズはより感覚的になるので人員を絞り、精度を高めるのが狙いでした(小沼)。
最初にどんなサイトにするのかというイメージをみんなでもち寄って、その後、具体的な表現を議論しました。なかでも印象深かったのは、モチーフにイラストを使いたいとなったところで、社会課題の現場のシーンを7〜10抽出していたとき。これがなかなか出てこなくて、これまで人を通じて現地に貢献するという漠然としたかたちで事業をしていたことを、あらためて思い知らされ、自分たちが具体的な現場をイメージした話し合いをしてこなかったことを痛感しました(西川)。
チーム内部の発表会で起こった拍手の輪
最終段階は、ほぼわたしがリードする体制で、サイトの仕様などを詰めていきました。組織として大きな投資をしているプロジェクトということもあり、次の推進力につながるようにいかにメンバーが愛着をもってもらえるかという部分は、最後まで悩み抜きました。完成した特設サイトは、一般公開に先立って2022年2月にチーム内部のメンバーにテスト版として発表。ここまでのプロセスを振り返りながら、サイトの表現に込めた思いをひとつ一つ説明しました。それまでメンバーは、サイトの制作にどれだけの人を巻き込んで、どれだけ時間をかけたのか知らされていなかったため、プレゼン後に「こんなに大変なプロジェクトをやっていたんだ」という反応と、ビジョン・ミッションがインパクトのあるわかりやすいビジュアルになった驚きで、モニター越しに拍手喝采が沸き起こったのは感動的でした。これまでの想いが可視化され、「自分の仕事に誇りを感じることができた」というコメントもありました。さまざまなステークホルダーがいるなかで、いちばん変化を感じてほしかったのはやはり内部のメンバー。ビジョン・ミッションの改訂とサイト制作が、組織の結束を高めてくれると実感した瞬間でした。(西川)。
本質を突き詰めたからこそ見えてきたもの
BIOTOPEに伴走していただいた期間は、これ以上は潜れないという深さまで潜った感覚があります。途中見たくないものを直視しなければいけないことがあり、正直辛いと感じる場面も少なくありませんでした。しかし、あれだけの濃度で経営や自分自身と向き合えたのは人生でも貴重な体験。BIOTOPEと一緒でなければできなかったと思います(小沼)。
デザインコンサルにコーチングの要素を掛け合わせたような手法で伴走していただいたのが印象的でした。コーチングは、クロスフィールズのメンバーも普段クライアントに対して行っていますが、BIOTOPEのワークショップは予想よりもはるかに深い設計で、実施期間中は、本当にあと数カ月でプロジェクトは終わるのか不安になることもありました。リブランディングの過程では苦しい局面もありましたが、全員参加型のワークショップを通じて生まれたビジョン・ミッションは、以前のそれと比べてメンバーの「ビジョンへの自分ごと化」が高く、それにともなう熱量が全然違う気がしています(西川)。