ビジョンを社会に実装するための新組織を設立
「SF2030」は、オムロンがグループとして目指したい社会像を提示し、共感・共鳴したパートナーと一緒に新しい社会のしくみをつくっていく、というのがメインメッセージでした。わたしはビジョン策定に携わったあと、再生可能エネルギーの普及や効率的利用、デジタル社会のインフラ管理のしくみづくりなどを行うエネルギーソリューション事業本部に戻ったのですが、エネルギー領域で「SF2030」で描いた未来を手繰り寄せる事業構想をするために、ビジョン発表の翌月に創発戦略部を立ち上げました。創発戦略部は、ビジョンのなかでオムロンが社会的課題のひとつとして掲げた「カーボンニュートラルの実現」に向けて、エネルギーを通じてよりよい社会をデザインし、パートナーと力を合わせてその解決に取り組む組織です。オムロンの果たすべき役割を、これまでの製品の性能・品質向上に加え、“モノとサービス”の組み合わせによる本質価値の創造へと再定義し、創発戦略部は、社内外の共創を推進するためのハブになることを目指しています(榎並)。
幅広い視点を得るために多様なメンバーに声がけ
BIOTOPEには「SF2030」をエネルギー領域に落とし込むため、まずはエネルギーの現状に関する予備レポートの作成を依頼し、その後、創発戦略部を中心にグループ内を巻き込んだワークショップの支援をお願いしました。ワークショップにはオムロンが中長期で取り組むべき事業領域を考えるうえで、経営の羅針盤としている「SINIC理論」に造詣が深いヒューマンルネッサンス研究所の田口さんをはじめ、電子部品事業を担うデバイス&モジュールソリューションカンパニーやオムロンベンチャーズ、グローバル戦略本部でM&Aを行うメンバーなどが参加。実際に新たなビジネスモデルやサービスを創出するにあたり、社会に対しての認識・認知を合わせたいと考え、多様な背景をもつメンバーに声をかけました(榎並)。
「SF2030」ビジョンでは“モノ視点”から“コト視点”へ、価値をとらえる視点を変える重要性が語られていましたが、ワークショップでさまざまな意見に触れるたびに、自分がこれまで“モノ”でしか周りを見られていなかったことを痛感し、多くの気づきを得ることができました(内山)。
独自の未来予測理論に照らし合わせて社会を読む
ワークショップの実施は計3回。パートナーを巻き込みながら新規事業を生み出す土台づくりのために、未来構想と解決すべき社会的課題などを中心に話し合いました。さまざまな部門のメンバーが集まり、共通認識をつくったうえで事業としてどんな軸を定めていくか、短期間で構想するのはとても有意義な取り組みでした。「SINIC理論」では現在は「情報化社会」を経て「最適化社会」を迎えており、この後、社会全体の豊かさと自分らしさの追求が両立する「自律社会」へ移行すると予測していますが、エネルギーに関してはいまだ供給側と需要側の認識ギャップが大きく、最適な状態への世の中の人々の理解が追いついていません。しかし、未来に向けて人と自然との共生意識が高まり、おのずとエネルギーの使い方が見つめ直されていくことになるはずで、そうするとエネルギーのもつ意味合いが変わる可能性があり、そのときどんな価値を創出できるかを議論できたのは「SINIC理論」がみんなの根底にあったからでしょう。オムロンの描く未来像に多くのステークホルダーが共感し、参画してもらうための第一歩になった気がします(田口)。
人々の認識を変え、エネルギーのもつ意味を拡張
わたし自身、これまではエネルギーを制御対象としてしかとらえていませんでしたが、ワークショップを通じて、メンバーみんなで「自律社会」におけるエネルギーは「社会に対する自己表現ツール」として、人と人、人とモノをつなぎ、可能性を広げるメディアにもなり得る、という方向を見出しました。エネルギーの生成方法や利用方法による地球環境への負荷が、その持続可能性を脅かしているなか、エネルギーの意味をとらえ直してさらに拡張することで、次の社会に向かっていくというのは、創業以来、「社会的課題を解決し続け、人々の生活を豊かにすること。そして、よりよい社会をつくり続けること」を存在意義にしてきた、極めてオムロンらしい考え方。ワークショップの合間には分科会も開催し、みなさんで議論を深めたことは、足元の事業を振り返ったときにも、これまでとは少し違った視座を与えてくれていると感じています。新たなビジネスモデルやサービスとして骨太な事業に育てていくのはまだまだこれからですが、少なくともそうした共通認識のもと、目線を合わせて取り組んでいける土台は整ったと思います(榎並)。
ビジョンを反映した未来構想を事業アイデアに転換
ワークショップの終盤では、社会的課題を解決するビジネスのアイデアを実際にかたちにするために、どこと手を組んでどうすればそれが実現できるのか、事業にするプランを練りました。ただ、未来の話をしていても事業に落とし込むとなるとどうしても現実に引き戻されてしまうため、未来と現実の距離の縮め方が難しく、グループワークではそのあたりを意識しながら議論を丁寧に進めていくことを心がけました(田口)。
具体的な事業を考えるのがいちばん大変でしたが、ビジョンをつくっただけで終わりになってしまうのでは意味がないので、今後も事業として具体化するために活動を続けることが大事だと思っています(内山)。
事業化はまだ先でも、いまの共創の流れにともない企業の境界線がどんどん曖昧になっているなか、それぞれの担当領域を決めて責任を切り分けると上手くいかないことがほとんどです。その点、ビジョンで描いた実現したい社会像への共感があれば、そこにダイナミズムが生まれ、苦しい局面でも乗り越えていける推進力になるのではないかと期待しています(榎並)。
ワークショップで議論した内容をピッチ資料に凝縮
ワークショップ終了後、BIOTOPEには議論の内容をピッチ資料としてまとめていただきました。なかでも印象深かったのが、エネルギーの未来がイラスト化されていたこと。イラストを見せながらコミュニケーションを図ると、こちらの思っていた以上のことを相手が感じ取って、“こういうことだよね”と言ってくれるのは、とても価値が高いと感じました。イラストには余白があるというか、これからも社内外のいろいろな人たちと話をして、そこにどんどん付け足していくことで、広がりある未来を描いていけると思います(田口)。
オムロングループではさまざまな事業を手がけていますが、各部門が限定的な方向を見ているため、これまでエネルギーと融合して話すのが難しいと感じていました。しかし、こういったビジョンから入るピッチ資料があれば、同じ価値観を共有したうえで、領域を横断して話せるようになります。これまで付き合いがなかった異業種をはじめ、今後は既存の顧客へのアプローチ方法も変わっていくポテンシャルを感じています(榎並)。
資料を持参した社外アプローチで共創のきっかけを
ピッチ資料をもって社外に出てみると、これまで対立構造にあると思っていた企業が実はそうではなく、世界観を共有することで思っていた以上に座組みが広がる手応えがあります。スタートラインに立てただけですが、それこそが大きな前進。今後は収益を上げる事業に育てていかなければなりませんが、我々がビジョンストーリーで描いたメッセージを社会へ投げかけることにより、それが加速していくようなイメージを抱いています(榎並)。
横のつながりをつくっていくことでオムロンも向上できて、今後の社会をつくれると思うので、そういうつながれるツールとしてこのピッチ資料は使っていきたいと考えています(内山)。
大事なのは、オムロンだけで答えを出そうとせずに、それを柔軟に変えていくこと。どうしても自分たちのつくったものがいちばんだと思いがちですが、まずは考えたものを外に投げて共感を得る、そうしてエンゲージメントを高めていくことで、オムロンが新たな事業を推進する際に大きな追い風としていけることが重要なポイントになると思います(田口)。