長期ビジョン「Shaping the Future 2030」
オムロングループでは10年に一度、長期ビジョンおよび中期経営計画の策定と開示を行っています。2030年に向けたプロジェクトは19年4月に発足。過去4回の長期ビジョンと同様、会社や事業部門の垣根を超えてグループの将来を担うメンバーが、グローバル戦略本部に集まり話し合いがスタートしました(竹田)。
長期ビジョンは経営層と議論しながら決めていくのですが、視座の高い話し合いに向けて自分たちが何かを提案しなければならず、通常の業務とは違う難しさがありました。各々が見ている方向や感じている課題もバラバラで、目線合わせにかなりの時間を要しました(橋口)。
常に悩んだのは「次に何を検討すべきか」という“問い”を見つけること。自分が所属する事業部門のことならいざ知らず、グループ全体のビジョンとなると、どこにどんな課題が眠っていて、何を検討すれば答えが見つかるのか、当初はまったくわかりませんでした。それでも20年4月には「2030年長期ビジョン策定ガイド」が完成。ビジョン名を「Shaping the Future 2030(略称SF2030)」と定め、約60ページにわたる資料にまとめました(野田)。
このままでは伝わらないという不安
長期ビジョンの策定ガイドの制作を進めていくなかで、ある程度、方向性は見えてきたものの、いまひとつ琴線に触れない部分が残っているような気がして、ずっと心に引っかかっていました。そんなとき、以前、何かの記事で目にしたBIOTOPEのことを思い出して、ホームページをのぞいてみたところ、デザイナーや歴史論者といった多様性のあるメンバーがいて、仕事のアウトプット方法も多種多様。この会社なら、我々にない観点やインスピレーションを与えてくれるのではないかという直感に従い、連絡したのが最初でした。そこで20年1月にオフィスを訪問し、すでに大部分ができあがっていたビジョンをさらにバリューアップできないかと佐宗さんをはじめとするBIOTOPEのスタッフに相談して、その後、ビジョンのストーリーラインをもう一度明確にしたい、と正式に依頼。自分たちがつくった分厚い資料は、説明的で伝えたいことが伝わらないという不安があり、BIOTOPEには我々のビジョン「SF2030」に命を吹き込み、生き物にしてもらいたい、とお願いしました(竹田)。
発信者と受け取り手のインサイトを掘り下げる
BIOTOPEに依頼後、最初に行ったのがビジョンの発信側となる社長や役員などの経営層に対するヒアリングでした。また各カンパニー長には「SF2030」を発表したあとに「どんな未来の社会を実現したいか?」などを聞き取り、後日、その内容をもとにBIOTOPEが作成したイラストを持参して話し合いの場を設定。遠い未来の話をビジュアルがあることで、手触り感のある現実の話として議論できたのが印象的でした。絵の力で相手の思いを引き出せたり、自分たちの考えが深まったり、イメージの共有がしやすくなったり、ビジョンの解像度がどんどん上がり、こういうコミュニケーションの方法があるのかと驚きました(村越)。
その後、ビジョンの受け取り手である代表社員を対象にしたヒアリングを実施。累計で100名以上だったと思います。なかでも印象深かったのは、日本、中華圏、アジア・パシフィック、米州の「TOGA(The OMRON Global Awards)」受賞者たちが、声を揃えるようにして成功した理由を「周りの支えがあったから」と語っていたこと。周囲の応援がチャレンジする人の能力を発揮させる、オムロングループの組織文化をあらためて感じました(岡崎)。
すでにある策定ガイドを物語に変換
インサイトが出揃ったところで、BIOTOPEには週1回、会議に参加してもらい、一緒に策定ガイドの物語化を進めました。我々が最初につくったガイドは情報量も多かったため、内容をどんどん削ぎ落として、物語に上手くハマるようなピースに落とし込んでいったのですが、そうすることによってメンバーの目線が合いやすくなる効果を感じました(北里)。
伝える内容を決めたあとでも、読み手との親和性や没入感が得られるように、物語の前後を何度も入れ替えて、いろんなパターンを試してみましたが、接続詞や表現の言葉をひとつ変えるだけで、まったく印象が変わってしまうのは大きな発見でした。そのおかげで自分たちがいちばん伝えたいものは何なのかを、突き詰めて考えることができました(岡崎)。
言葉でいくら説明したところで、伝わらなければ意味がないのは当たり前で、そこに没入できるような、物語を感情曲線で伝えていくBIOTOPEのやり方はとても面白いと感じました。議論を重ねて、言葉はそうとう練られたと思いますし、コンテンツも際立った。ストーリーラインができたときに「これが言いたかったことなんだ」と自信がもてました(村越)。
ビジョンを実装するための組織文化を議論
「SF2030」のビジョンステートメントは「人が活きるオートメーションで、ソーシャルニーズを想像し続ける」ですが、それを実現するためには、オムロンが「Product Producer」のメーカーから、よりよい社会の仕組みを構想し、最適なオートメーションを社会に実装していく「Social Design Innovator」に変わる必要があります。“モノ視点”から“コト視点”へ、モノとサービスを組み合わせながら本質価値を追求するというのは、我々がこだわって入れた部分ですが、それをどう自分ごと化して取り組んでいくか、策定ガイドでは言及していませんでした。そこで思考の癖や口癖など、社員の行動を変えないといけないというところにまで話題がおよび、組織における文化について議論を深めたのが印象的でした(榎並)。
「TOGA」受賞者たちとの対話からヒント得た「応援する文化」の醸成が必要という議論は、それを広めることによってチャレンジする人だけでなく、応援する自分たちも変われると感じました。隣の人のチャレンジを批評するのでなく、そうした意識を頭の片隅にもつことで、自分の発言も変わるし、組織もバリューアップしていける気がしています(橋口)。
長期ビジョン発表後に社内に起きた変化
BIOTOPEとの取り組みで特によかったのは、社内で自分たちなりに一度ビジョンを描き切ったあとに、物語化の過程で各事業部を巻き込んで、それぞれのドメインにおける提供価値を明確にできたこと。あれはBIOTOPEによるイラストをもとにした議論があったから、上手く言語化できた部分だと思っています。7月から約半年におよぶ議論を経て、ビジョンストーリーの成果物を納品していただき、コロナ禍で延期していた長期ビジョン「SF 2030」の正式発表を22年3月に実施。社内の反応も良好で、なかでも“コト視点”という言葉は現場に浸透しています。いまはみんな明確な答えをもっているわけではありませんが、変わらなければいけない、という意識はかなり根付いていると思います(岡崎)。
プロジェクトが終わって事業部に戻りましたが、“モノ”から“