規模拡大に伴い、価値観の共有が困難に
KINTOの創業は1972年。滋賀県彦根市で食器の卸売業としてスタートし、その後、自分たちが考える豊かな日常や、柔軟なライフスタイルに合った商品を届けたいとの思いから、オリジナル商品の企画開発へと舵を切りました。KINTOは商品化の際、市場のニーズに合わせるのではなく、ほかでは真似できない独自の感性を大切にしています。また、短期的な目標に振り回されないためにKPIを追わないことや、さまざまな変化にスピーディに対応するために中長期計画を立てないといったカルチャーも特徴です。ところが規模が拡大し、メンバーが増えるにつれ、社内における認識に少しずつズレが生じるようになりました。彦根と東京、ヨーロッパとアメリカに拠点を設け、社員が分散したせいもありますが、近年はコロナ禍の影響で直接、顔を合わせる機会が減り、日常会話を通しての価値観の共有が難しくなったのも原因のひとつかもしれません。しかし、そういう状況下でもみんなが同じほうを向き、日々の仕事に取り組むには、会社の目指す方向性をチームに深く浸透させることが必要です。そのために何をすべきか悩んでいたときに、前職時代に知り合った佐宗さんがニュースサイトのウェビナーにゲストとして出演しているのを見て、BIOTOPEに相談しようと考えました。
求めていたのは一緒に考えてくれるパートナー
最初の打ち合わせはオンラインを通じて60分ほど。そのときは“ビジョン”という言葉を使って、社内における価値観の共有が徐々に困難になっている状況や、今後メンバーの入れ替わりが多くなったときにベテラン社員の暗黙知をどう若手に伝えていくのかなど、KINTOが抱えているいくつかの悩みを相談しました。KINTOは売上目標もなければ、消費者調査も行わず、自分たちが素敵だと思ったものを商品にしているユニークな会社です。そのため、戦略系コンサルによくある得意なフォーマットに落とし込む方法や、他社の成功事例には当てはまらない場合が多く、自分自身、自社の課題解決のためにどんなアウトプットを用意するのが適切で、そのために何をすればいいのかが手探りの状態でした。そんななか、BIOTOPEとの話し合いで印象的だったのが、そのプロセス自体を一緒につくっていけそうだったこと。もともとKINTOでは、ビジョンのようなものを自分たち自身でつくり上げたいと考えていた経緯もあり、“らしさ”を引き出す多彩なツールをもっていて、それらを組み合わせて使うことでゴールへと導くBIOTOPEの共創型のやり方は、KINTOにとても合っていると感じました。
ワークショップを通じてKINTOの価値を再発見
その後、BIOTOPEのすすめで、外部パートナーにKINTOの価値がどう見えているのかを探るためにアンケートやヒアリングを実施。社内ではわたしと社長、商品企画部門の中心人物へインタビューしていただき、それらの情報を統合していきました。ほかにも、プロジェクトのコアメンバーには“KINTOらしさ”に対して、各自が抱いている思いを記入するワークシートの宿題があり、BIOTOPE側がキーワード抽出をしたうえで仮説を設定。ワークショップでは用意していただいた資料を参考にしながら、「KINTOらしいとはどういうことなのか?」について率直な意見を出し合いました。これまでも社内では“らしい”“らしくない”の会話は日常的にしていたため、みんなの感性のなかに漠然とした判断基準があるのはわかっていましたが、言語化してみて面白かったのはやはり大きな方向性として同じようなことを考えていた点。一方で、KINTOの歴史を知っているメンバーと最近入社したメンバーでは、細かい部分の理解度や感じていることに隔たりがあることを認識できたのも発見でした。ここで議論した内容は、後日、BIOTOPEに「過去の価値観マップ」と「現在の価値観マップ」にまとめていただき、それを見てから次のステップを進むことにしました。
過去と現在の比較から未来につながる“らしさ”を探求
ワークショップで心に残ったのが、外部のパートナーへのアンケートやヒアリングで「KINTOの社員の仕事に対する姿勢や思いに共感している」というコメントが多かったこと。それを見て、会社としての哲学やビジョンを掲げるのも大切かもしれないけれど、結局は社員一人ひとりの日々の姿勢や、どんなふうに外とつながっているかの積み重ねが、その会社の“らしさ”をつくっていると感じました。また、過去と現在のKINTOらしさを比較するなかで、見えてきたのが「自分たちが好きなものをつくる」という価値観。KINTOらしさのなかにも、将来的に”変えるべきもの”と”変えるべきではないもの”があると思っていたので、それを確認できたのもよかった点です。当初は、次もワークショップを行う予定でしたが、KINTOがこれからも価値を生み出し続けるにはどうするべきか、という未来に関する議論では、BIOTOPEとの意見交換を活発にしたかったため、参加者を絞った会議形式に変更して、社長や佐宗さんを交え、2時間のセッションをすることにしました。
未来に向けて何を大切にしていくべきかを議論
セッションの前半は、事前に記入したアンケートをもとに一つひとつ深掘りするインタビューを行い、未来はこうなっていたい、将来はこんなことに貢献したいといった議論を行いました。ただ、プロジェクト本来の目的は、KINTOの社員一人ひとりがどこを向いて、どういう考えで行動していくかの指針を示すことです。それに対して、ビジョンを掲げることが果たして本当に有効なのか決めかねていたときに、BIOTOPE側から「こういうのがKINTOらしい構造かもしれませんね」と言って見せてくれたのが、KINTOの商品化に至る思考のサイクルを即興で手書きした付箋でした。それがすごくしっくりきて、「KINTOはこんな考えで日々の仕事に取り組んでいる会社です。だから、みんなでこれをやっていきましょう」と言ったほうが、ずっとKINTOらしい気がしたんです。それまで最終的なアウトプットとして、何をつくればゴールにたどり着けるのかが見えていませんでしたが、ここでようやく視界が開け、BIOTOPEに可視化していただいたプロデュース構造を軸に、それをブランドフィロソフィーに落とし込んでいくのが最適だと思えました。
言葉の意味や響きを検証しながらフォロソフィーを結晶化
以降、最も時間を費やしたのは言葉のブラッシュアップでした。ひらがなにすべきか漢字にすべきかなど、BIOTOPEが作成したコピーをもとにKINTOらしい言葉を突き詰めていったのですが、どのコピーもこれまでのアンケートやインタビューからエッセンスを抽出したものなので、ズレてはいないものの、本当にベストな表現となると決めるのが難しい局面もありました。ただ、プロデュース構造やブランドフィロソフィーの内容は、以前からみんなが無意識に感じていたことであり、わたしは、こうしたことは経営層を中心に、口頭での伝達を含めて、日々の行動や態度で示していくべきものだと考えています。フィロソフィーで語られた言葉がどんなに素敵でも、社長や自分が常に意識してそのように振る舞うことのほうが大事。だから、言葉選びで悩んだときは、ブランドの根底にある部分が変わらなければ、微妙な言い回しはあとで変えていい、というくらいの気持ちで判断していました。その後のセッションは対面で2回。オンラインや電話でも細かな確認を行い、完成度を高めていきました。
「好きへの好奇心」がKINTOで最も大切なもの
今回のプロジェクトがよかったのは、BIOTOPEから納品された制作物を見て、まずは自分自身がワクワクしたし、こういう会社って面白いよね、と素直に思えたこと。これまでもみんながそういう気持ちで仕事に取り組んできたこともあり、実はKINTOにおいて特別に目新しい考え方ではありませんでした。それでも、“KINTOらしさ”が言語化されたことで、こういうことを大切にしている会社だということを、確信をもって日々の発言・行動に移していけるのは、わたしや社長にとってはすごく意味のあることです。制作物自体はプロデュース構造や、お客さまへの提供価値、ブランドフィロソフィー、ブランドフィロソフィーの各フェーズを説明する言葉、行動指針フォーマットなど、複数のパートに分かれているので使い道はそれぞれ違うと思いますが、社内では当初の目的通り、会社の目指す方向性をチームに浸透させるために活用する予定です。そのほかにも外部発信のメッセージとして使うことで、それに共感した人がファンになったり、パートナーになりたいという企業が現れたり、一緒に働きたいという仲間が集まってきたりする波及効果も期待しています。