TICのあるべき姿を模索するなかで生まれた、「体験がブランドをつくる」という発想
大手デベロッパーグループに在籍していた前職時代からイノベーション推進に関する仕事に携わり始め、スタートアップと連携したプロジェクトなども経験しました。そうした流れがあり中央日本土地建物に入社してからも、スタートアップの育成を支援するコワーキングスペース「SENQ(センク)」運営業務などに関わってきました。現在は当社が建設中の「TORANOGATE(虎ノ門一丁目東地区第一種市街地再開発事業)」内に開設する「虎ノ門イノベーションセンター(仮称、以下TIC)」の立ち上げに向けて準備を進めています。当初の課題は、TICをどのような場としてブランディングするべきか、ということでした。一般的にブランディングというと表層的な言葉遊びに陥りがちですが、それだと実際の体験価値との間に乖離が起こりやすい。そこで私なりに考えた結果、「体験こそがブランドをつくるのではないか」という仮説にたどり着きました。そうした考えに至った背景の一つは、これまでの仕事で新しい取り組みに多く関わるなかで、口コミの強さを感じるようになったことです。ニーズが多様化している現代ではマス広告は効果を発揮しづらい。むしろ、信頼できる人や同じような価値観を持っている人からの紹介のほうが強い影響力を持っています。見方を変えると、ユーザーがそのサービスに感じ取った価値や満足度が伝播することでブランドが築き上げられていく。そこから「体験がブランドをつくる」という発想が生まれました。こうしたアプローチで共に歩んでいただけるパートナーを探すなかでBIOTOPEに出会いました。机上のロジックだけで考えるのではなく、「具体的な事業・サービスをどのようにつくるのか」という視点を持ち合わせたアドバイスをいただけそうだという感触を持ったことが、BIOTOPEに依頼する決め手になりました。
イノベーションへの日本的アプローチとは「和をなす社会をつくる」こと
プロジェクトは大きく2つのフェーズに分けられます。フェーズ1は2023年7~12月、フェーズ2は24年7~12月に行われました。フェーズ1の主題は、アイディアの方向性を定めるための情報を広く収集し、洞察を深めながらTICの哲学を導き出すことです。そもそもこのビル自体が「未来をよくする閃きが生まれるきっかけの場所『OPEN INNOVATION GATE』」というコンセプトを掲げており、TICにおいても「社会的インパクトの総本山としたい」という大きな方向性が当初からありました。それを踏まえ、虎ノ門エリアの歴史理解を深めるためのフィールドワークや国内外のイノベーションセンターの先進事例リサーチ、インパクト創出に関する有識者インタビューなどを行いました。これらは外側の視点からTICのあるべき姿を考察する作業です。加えて週次でワークショップを実施し、内側の視点から考察することも徹底して行いました。当社側のチームメンバー3人が、TICがどのような場であってほしいか、それぞれの個人的な体験に根差した意見も含めて出し合い、議論を重ねました。そうして徐々に浮かび上がってきたTICのブランドコンセプトは、「和をなす社会をつくる」という形に収斂しました。現代社会は、経済格差やコミュニケーションの偏りよって分断が進んでいる。またプラットフォーマーの一人勝ちで、その他大勢は十分な恩恵を受けられないといった構図もよく見られます。特に日本では、それぞれのプレイヤーが自身の周囲を取り囲む「枠」を越えられずにいる。例えば、異なる企業が連携するにはかなりの時間と労力が必要になりますし、情報の共有にもさまざまな障壁があります。個人間においても、属性の異なる人同士が手を取り合うことは決して多くないと思います。そうした垣根を越えられないことが日本発のイノベーションを阻害する大きな要因になり得る、と考えます。でも歴史を振り返ると、日本は小さな島国の中で稲作を中心としながら、調和や協調を重んじることで成長してきた国だといえる。そうした日本らしいアプローチをとることこそがイノベーションの推進につながるのではないかというアイディアから、「和をなす社会をつくる」というTICのコンセプトが生まれました。

社会課題解決への思いが循環する“エコシステム”の構築を目指す
どんな体験価値をユーザーに提供すればそのようなブランドを築くことができるのか。TICに実装すべき「和をなす仕組み」について考察を深めました。まず必要なのは、最初の一歩を踏み出す思い、その勇気を持ってもらうことだと考えました。前職でイノベーション推進を担当していたとき、新しい取り組みを広めようにも、自分が主役では仲間が集まらないという経験をしたことがあります。それよりも普段は脚光を浴びにくい立場にある人たちの取り組みを前面に打ち出し、自分自身は黒衣になってマネジメントに回るほうが協力関係ができてうまくいく。そんな学びを得て以来、決して目立たないけれど社会に対して価値ある活動に懸命に取り組んでいる人たちが認められ、さらに継続していくモチベーションを持てるような状態をつくりだしたいという思いを強めました。そこから「循環図」のようなイメージが湧いてきました。循環の出発点は、例えば社会課題解決への意欲を持ちながらも、役割が固定された組織の中で事業化に踏み込めずにいる個人です。TICではそういう人材に、社会課題解決プランの発表や、志を同じくする人の募集、初期的な予算獲得といった機会を提供する。そしてその人が、組織の垣根を越えて集った仲間とともに行動を起こし、専門家や自治体などとつながりを持ちながらさらに輪を広げ、社会課題解決の意欲を事業に具現化していく。そうして自身の思いを着実に形にする一方で、他者の活動を支え、後押しするフォロワーとしての役割も担う。そんなふうに未来を切り開く人たちの思いが循環していくエコシステムを、TICという舞台で実現させたいと考えています。
個性の蓄積が、社会の価値を時間とともに高めていく
生成AIの登場で、情報そのものの希少性は急速に薄れつつある。そんな時代だからこそ、私は情報の量よりも質、そして個性を大切にしなければいけないと考えています。風土が文化を育み、文化が受け継がれて伝統となり、伝統がいつしかまちの個性として現れる。まちを長期の視点で捉えている不動産デベロッパーとして、働き住まう人たちのありかたにまちの個性を通じて影響を与え、個性を繋ぎ合わせられる役割を担えることは自然な流れだと感じています。「東京が地方を支援する」というような一方通行の考え方ではなく、東京と地方のそれぞれの個性が高め合う双方向視点が必要と感じています。TICの活動を通じて、人や土地の個性、いわゆる社会課題の現場や最前線のエピソードが企業や様々な組織、地域の価値向上の触媒になるとの確信を強めるようになりました。社会課題解決への投資は自己犠牲的になりやすく現場が疲弊してしまうと言われますが、得られるものが少ないという従来型の捉えられ方を払拭するためにも社会課題を解決しながら経営や事業への価値を還元させることに挑戦していきたいと考えています。TICに関わる人たちが「これは自分たちの志だ」と心から思える環境を育み、社会課題解決でありながら個性と理念が織り交ぜられた持続的な社会を生み出す未来を目指して、日々活動しています。