多摩川流域における新しい働き方とは?
これまでの都市づくりは、郊外に住んで都心で働くことを前提に考えられていましたが、今後は各々の都市が働く機能もあれば、遊ぶ機能もあるといった自律分散型の都市構造に変えていかなければなりません。その先駆けとして東急電鉄が約30年かけて取り組んできたのが、職住近接の環境を整備する二子玉川の再開発でした。BIOTOPEさんとの出合いは、クリエイティブ・シティ・コンソーシアム(東急電鉄が代表幹事を務める研究会組織)主催の「TAMAGAWA OPEN MEET-UP」。実際にそうした環境下で、充実したライフスタイルを送っている人の代表として、佐宗さんに多摩川で暮らすこと・働くことの価値を語っていただいたのが最初でした。
共感してもらえるビジョンづくりのために
都市づくりは行政による都市マスタープランに則って進めるのが基本です。しかし今後は、これまでのように何もしなくても人が集まるのではなく、“都市間競争”と呼ばれるように人の取り合いになり、その地域の需要をいかに高めるかが重要になっていきます。将来的に開発候補地の選択肢が減っていくなか、東急電鉄ではすでにある地域のリソースをうまく活用して、新たな都市開発ができないかと考えました。そうなると、従来の方法論は通用しません。その点、デザイン思考はユーザーを理解して、潜在的なファンにどんな価値をどうつくっていくかを考えるプロセスなので、未来の開発ビジョンをつくるうえで大きな可能性を感じました。
想いを共有し、具体化への道に舵を切る
最初のブレストで今後1年間のうちに起こってほしい妄想を一枚絵にしてもらったのですが、こっちがモヤモヤしていたものを直感的に表現してくれたのには驚きました。総合的にいろんなことが同時並行で進んでいるというのがわかるマップが欲しかったのと、これによって何がキーとなるアクションかが可視化されたんです。また、これまでは自分たちがこうしたいという意向はあっても、地域の住人をはじめ、誰にとって有効な施策かまで踏み込めていませんでした。それがステークホルダー分析やトレンドリサーチ、現地視察や市民のインタビューなどを行い、詳細にいろんなシーンを想定することで戦略がどんどん固まっていきました。
一緒に走りながら考えるプロセスは有効
一枚絵からスタートしたBIOTOPEさんとの取り組みは、3カ月後にはビジネスマンを河川敷で働かせるとか、ドローン特区をつくるといった具体的なアイデアにまで落とし込むことができました。そうした過程で、一緒に学んでいく、一緒につくっていくという感覚は、まさに共創という言い方がぴったりで、これまでにあまり体感したことのない新鮮な感覚でした。こんな地域にしたいという考えは、以前から感覚的にありましたが、それを言語化することや、実現するためのハードルを洗い出す作業をしてこなかったので、それをしっかりと考えるために、毎回、宿題を出してもらったのは、自分たちの学びにつながったと思います。
リードユーザーを戦略的に共犯者にする
開発ビジョンが定まった後、BIOTOPEさんとは誰に対してメッセージを伝えていくか議論しました。そこで、最初に巻き込むべきなのは行政と感度の高い企業と決めたことが、今の活動につながっています。それにより、コピーライティングやキービジュアル策定、ウェブサイトプロトタイプによるコンセプト検討がスムーズに進み、ティザーサイトの位置づけで立ち上げたウェブでは有識者を巻き込んで、この構想自体に大きな大義があることを示せました。地域自体に名前を与え、性格付けをしたことで、今でこそ多摩川流域が意味のあるような場所になっていますが、これはデザイン思考の成果だと思っています。正直、このスピード感は予想外でした。
これからの都市づくりにデザイン思考を応用
白紙に都市をつくること自体は、そんなに難しいことではありません。でも、今ある市街地に新たな個性を付与する作業は、デザイン思考のプロセスを踏んで地域資源を拾い上げ、住民の声を聞きながら性格を浮き彫りにしていかなければ難しいでしょう。しかもBIOTOPEさんの提案で、サーキュラー・エコノミー(循環型経済)という新しい概念も取り入れながら進められたのは、すごく意味のあることだと思います。それと重要だったのは、歴史的な観点からの考察が最初にあったこと。実は、川のある地域ではそれが個性としてすごく大切だということを、改めて実感することができました。今回は多摩川流域でまずやってみましたが、今後は課題の多い多摩田園都市エリアをはじめ、さまざまな地域に応用できる取り組みだと思います。