デザイン思考を活用した全社横断型プロジェクト
私たちが「au Design project」のもととなる取り組みを始めた2001年当初は、デザインの力でほかとの差別化を図ろうという動きはあったものの、デザイン思考に関してはその概念が専門書などで扱われる程度。つくり手側の人たちには、暗黙のメソッドのようなものが存在していましたが、一般的にはあまり知られていませんでした。それがここ5年の間に、社内でも普通にデザイン思考という言葉が使われるようになり、2016年にそれを活用したイノベイティブな企画開発を、全社横断的なプロジェクトとして行っていくことになりました。
ライフスタイルデザイン企業への転換を目指して
ところが、デザイン思考という言葉は知っていても、実際に全社で取り組むのは初めてです。そこで自力で行うよりも、外部から専門的な知識をもったパートナーを入れて進めたほうがいいだろうと判断し、以前から面識のあったBIOTOPEさんに支援をお願いしました。2016年の7月から3カ月かけて行った「au×くらしプロジェクト」には、KDDIが今後、通信サービスのキャリアからライフスタイルデザイン企業への転換・変革を目指していくために、商品開発部門だけではなく、サービス部門のスタッフにも積極的に参加してもらいました。
デモグラフィック属性ではなく、時代の流れのなかで世代別にみるコーホート分析
今回の大きな特徴のひとつが、従来デモグラフィック属性(性別、年齢、居住地域、収入、職業、学歴など、その人のもつ人口統計学的属性)を参考にすることが多かったのに対して、このプロジェクトでは初期の段階でコーホート分析(同世代に生まれた人の生活様式や行動、意識からくる消費動向を調査・分析すること)を行ったことです。というのも、もともと「au Design project」が、顧客のボリュームゾーンである“団塊ジュニア世代”を無意識にターゲットの前提としてしまっていたこともあり、価値観が変化してきている新たな世代に向けて、コンセプトや接点のもち方を変えていかなければいけない、という課題意識がありました。
ユーザーの自宅に訪問し、その行動をつぶさに観察
団塊ジュニア世代もすでに40代。当然、次のゆとり世代・さとり世代も見ていく必要があります。ところが、そうした世代となると、我々もほとんど接点は皆無。実際に、既存のauが展開している商品やサービスを世代ごとにマッピングしていくと、ターゲットが団塊ジュニアに集中していて、新しい世代がほぼ手付かずだったことがわかりました。そこでBIOTOPEさんのリードのもと、先進的なユーザー層へのエスノグラフィー型リサーチを実施しました。ユーザーの自宅訪問による現場観察と、対象者にモデレーターが“1対1”で話を聞くデプスインタビューという手法を組み合わせて、彼らの行動習慣やライフスタイル、携帯電話をはじめとする電子機器がどんな使われ方をしているのか、つぶさに観察したのです。
会議室でのインタビューでは出てこない、新しい発見
そうしたなか、会議室で行うグループインタビューでは絶対に出てこない、たくさんの新しい発見がありました。例えば、スマホやSNS漬けの生活を嫌悪し、週末にはアプリをすべてアンインストールするなどの試行錯誤をしながらも、”いいね!”で寂しさを満たさずにはいられない自己矛盾と向き合うデジタル・ネイティブ世代の葛藤。これはその後、コンセプト化・商品化につながる土台の洞察となりました。
それ以外にも、映像ストリーミングが当たり前でインストールはコスパが悪いといった所有を前提としない価値観や、SNSは使えてもiPhoneやPC機器自体のことは全然知らないといった現実、あるいはiPhoneの浸透や、家族みんなが別々のキャリアを使っていていることで“キャリア”のもつ意味合いが薄れていることなど、リアリティある大量のインプットがありました。
すぐに打ち手につながらないものであっても、この人のために商品・サービスつくっているんだ、というユーザーの具体的なイメージが深くもてたことは、後々何かを考えるときのヒントになっていると思います。これまでにない企画をつくるうえでは、自分たちの仮説に縛られず、ユーザーの一次情報を幅広く吸収して、再度アイデアを組み立てていくことも必要。そう改めて認識した貴重な体験となりました。
デザインリサーチの経験を自分たちで活用していく
このプロジェクトの目標のひとつは、BIOTOPEさんとご一緒しながらデザイン思考のメソッドを習得して、自分たちでできるようになることでした。そのため、エスノグラフィーやインタビューリサーチをBIOTOPEさんに指導してもらいながら、後半戦ではプロジェクトメンバーが自らそれを実施してみました。そのおかげもあってか、プロジェクトが終わったあと、さまざま部署でノウハウを生かしながら、新しい活動を行う人が増加。このことからも収穫は大きかったと思います。
携帯キャリアとして、自分たちを再定義する機会
ゆとり世代・さとり世代のインサイトから見えてきたのは、本来は幸せになるためにスマホを使っているはずなのに、現実はそうではないという事実でした。そこに対して携帯キャリアの会社として何ができるのか。単純に、高性能だから優れているというのとは違う、新しい価値観を掘り下げた商品・サービスとは何なのか。ネット社会では、“デジタル・デトックス”とか“デジタル・ウェルビーイング”といった話題が昔からあったのに、業界内ではそうしたことを話し合ってきませんでした。ある意味、このプロジェクトは、自分たちを再定義する機会だったのかもしれません。
抽出したインサイトをもとに、商品化への道筋を模索
2016年11月以降のフェーズ2では、スマホとの程よい距離感をもった暮らしを“Good Distance”と名付け、ゆとり世代・さとり世代を対象にユーザー探求型のインタビュー、ワークショップ、ブレインストーミングを行い、デザインイメージを引き出しました。その後、映像フィルムやモックアップの制作にとりかかり、翌17年の3月にかけてコンセプトやデザイン、機能、価格受容性を3グループ各4名で検証。商品化のプランを練っていきました。ただ、携帯電話キャリアとして、この“Good Distance”というメッセージをどのように世の中に出していくのがいいのか、すごく悩みましたね。
KDDIの、携帯電話に対する最先端の考え方
2018年は、“デザインケータイ”という新たな市場を開拓し、一斉を風靡した「INFOBAR」の誕生からちょうど15周年。そこで新商品は、シンプルな“ガラケー”のINFOBARに“Good Distance”という新たな価値をまとわせた「INFOBAR xv」としてリリースすることにしました。「ツナガリすぎないゼイタク。」というコンセプトも好評で、「INFOBAR xv」に先んじて、2017年にその概念をかたちにしたコンセプトモデル「SHNKTAI(シン・ケータイ)」を「ケータイの形態学展 –The morphology of mobile phones– 」という展覧会で発表したのも話題になりました。こうした携帯電話に対する考え方は、KDDIにおける最先端の思想ともいえるもの。今後は“程よさ”もデザインプロセスのなかに入れていくという決意表明になったと思います。
(前編・終わり)